蒙古治自体の歴史

蒙疆地区には1937年、蒙古聯盟・察南・晋北の3自治政府が設立されたが、利害関係を調整して活動の円滑化を図るため、1937年11月22日、3自治政府によって蒙疆聯合委員会が設立された。

しかし、この委員会が十分に機能しなかったため、政府そのものを統合、一体化しようという機運が高まり、1939年9月1日、駐蒙日本軍の主導のもとで、3自治政府が統合して蒙古聯合自治政府が樹立され、初代の主席にはデムチュクドンロブ(徳穆楚克棟魯普、徳王)が就任した。首都は張家口に置かれ、名目としては中華民国臨時政府・汪兆銘政権下の自治政府という位置づけだった。

1941年8月4日には蒙古自治邦政府と改称。

1945年8月9日のソ連対日参戦と日本の敗戦によって崩壊。